ユースホステル

 今回の札幌出張の宿は、実はユースホステルでした。

 昨今、札幌市内は宿泊費が高騰し、ビジネスホテルでもけっこうな金額になってしまっています。
 カプセルホテルなどは比較的安いところもありますが、大概はすすきのや駅近くに集中しているので、車で行くと駐車料金が馬鹿になりません。

 と、友人から「ユース(ユースホステルの略称)が安くてけっこうきれいだよ」と聞き、利用してみることにしたのです。

 かつて若い頃は、オートバイでのツーリングの際などに、ユースを利用することがありました。家族的な雰囲気のところが多く、相部屋になった同宿者達から様々な旅の情報が入ったりするのも楽しく、それでいて料金が安いのが、懐の寒い若者にはありがたいものでした。

 安い分、シーツを渡され、ベッドメーキングは自分で行い、食事後は食器洗いをするのが常でした。
 そのため、ユースに泊まった翌日に食堂で食事をすると、つい食器を自分で下げてしまい、店の人に慌てられたことも何度か。(笑

 しかしここ10年近くはすっかりご無沙汰で、昨今のユースは様変わりしているとは聞いていたものの。

 今回泊まったユースは、個室(相部屋もあり)で、ベッドメーキングもされており、ヘタなビジネスホテルより快適だったかも。ちなみに写真は見事に撮り忘れましたので、ありません。

 お風呂とトイレ、洗面台はもちろん共同ですが、お風呂もかなり広くて快適なのと、駐車場も完備で、余裕で車が停められたのも幸い。たまたまツインルームを専有だったとは言え、それほど広いわけではなく、ちいさなテーブルのみで、デスクはなかったので、仕事や勉強をするにはあまり向いていませんが、これはロビーに広いテーブルがあるので、そちらを使う前提でしょう。

 当然のことながら、かつてのユースの代名詞であった、夜のミーティング(宿泊者が一同に集まり、自己紹介と旅の情報交換をする場。ユースによっては、歌ったり踊ったりもありました)

 市街地に近いことから、インバウンドも多いのでは、という予想を裏切り、ほとんどが日本人。それもどうも自分と同じビジネス利用者が多かったようで、若い人は見かけませんでした。

 そもそもは、青少年が安全で安い旅をするために、はじまった施設ですが、その様変わりにはかつて青少年だったおぢさんは、時の流れを感じるばかりです。(笑

アガーフィアの森

 その本を読んだのは、もうずいぶん昔の、25年以上も前のことですが、内容が衝撃的だっただけに、はっきりと憶えています。

 それは1980年代初頭に、ロシアの広大なダイガの森、周囲200Kmに渡って人類の手が入っていないはずの場所で、資源探査チームのヘリコプターが畑を発見し、尋ねたところ、そこに住んでいた人々と接触したことから始まります。

 1930年代に宗教弾圧から逃れて、他人との関わり合いを避け、森深くひっそりと暮らしていたルイコフ一家は、当初は6人家族でしたが、1960年代に母親が亡くなり、発見された時は父親とふたりの娘、息子ふたりの5人でした。中でも本編の主人公である、末娘のアガーフィアは生まれてこの方、家族以外の人間を見たことがありません。
 彼らは宗教上の理由で頑なに原始の暮らしを貫き、火は火打ち石で起こし、服は麻を栽培して紡ぐという、気の遠くなるような手間を掛けて作り、塩すらないままに森の木の実や畑でつくったジャガイモを主食として、50年以上も暮らしていました。

 このことが新聞に載ると、たちまちのうちにロシア中の話題となり、街の人間との接触も増えますが、なんといっても道すらない深い森の奥なので、歩いて行くしか彼らに会う手段はありません。

 それでもこの著者は、10年以上に渡ってなんどもこの一家を訪ね、支援の手を差し伸べます。最初は5人だった一家は、やがて息子ふたりと姉が相次いで病気で亡くなり、ついには父親も亡くなって、末娘のアガーフィアひとりが残ってしまいます。

 その頃にはアガーフィアは、強い好奇心から街へも出かけ、飛行機や列車に乗ったりと文明にも触れ、街に残っている親族も彼女を心配して、森を出るように何度も説得し、街での生活も試みますが、結局彼女は深い森での、たったひとりの暮らしを選びます。

 当時、確かアウトドア関係の友人がすごく面白かったと、その本を貸してくれ、興味深く一挙に読み終えた記憶があります。

 本は、1990年代半ばに、アガーフィアが森に帰ったところで終わっていたので、その本を友人に返した後も、時折アガーフィアのことを思い出すことがありました。

 その後のアガーフィアはどうしているのだろう。まだあのダイガの森深く、ひとりで暮らしているのだろうか…。と、ずっと気になっていました。

 先日も懐かしく思い出したことから、試しにネットで探してみると、新潮社から出ていた単行本は既に廃盤になっていましたが、古本はそれなりに出回っており、無事入手できました。

 20年以上ぶりに読んでみても、当時の驚きが蘇ります。

 アガーフィアが森に残った理由、それは、強い信仰心が最大の理由ですが、同時に、生きるすべてを自分ひとりで行えてしまう、深い知識と経験もあったようです。

 人間は、ひとりきりでも、こんな厳しい暮らしもできるのだ、という驚きと共に、しかし、一家を発見した資源探索チームをはじめ、様々な支援をする人々との触れ合いも重要だったことも事実です。発見以降ルイコフ一家は来訪者を積極的に受け入れ、「支援がなければ、わたしはとっくに死んでいたと思う」という趣旨の発言を、アガーフィア本人がしています。
 つまりは、人間ひとりでは生きられないのだ、ということも同時に言えるのです。

 それにしても、インターネット恐るべし。
 本の読了後にさらに検索してみると、なんと多数の動画があることがわかりました。そのため、本が出版された1995年より、ネットによって現代の方がルイコフ一家は有名になっているようです。

 さらに驚きだったのは、アガーフィアは2018年現在、まだ存命で、あのタイガの森で変わらずひとりで暮らしているそうです。1944年生まれのアガーフィアは今年75歳。
 しかも、2016年にはイギリスで、ルイコフ一家のことが映画化されているとか。

 元気で、むしろ若々しいアガーフィアの姿に、ほっとすると同時に、ネットの時代のすごさも実感したのでありました。

ゆべし

 とあるところでいただいた、くるみゆべし。

 実はわたしはこれが大好きでして。
 くるみが入っていることから、岩手の、ひいては盛岡の菓子だとずっと思い込んでいたのですが。
 どうやら実際は、全国に古くからあるものなのだそうです。

 ゆべしは漢字で書くと柚餅子。もともとは、柚の実をくりぬいてもち米などを味噌、醤油で味付けして詰め、蒸した後に干して作る、保存食のようなものだったとか。

 これが後に餅をベースとした和菓子となり、関東以北では、柚が入手しづらいために、くるみを入れるのが一般的になったそうです。

 岩手という地は、その昔から山深く、作物が採れづらいために、くるみが食材としてよく使われてきた歴史があるので、子供の頃から菓子や食品に、当然のようにくるみは入っているものでした。

 そんなわけでくるみ=岩手のもの、という単純な発想で、ずっと思い込んでいましたが、調べてみると、いろいろな発見があるものです。

天上の温泉

 突然の昔話ではありますが、会社員だった時代には、全道を走り回っていて、ことに倶知安方面での仕事もよくありました。

 最初は日帰りで行っていたものが、お客様が増え、泊まり出張になり、さらに倶知安だけではなく、洞爺湖、伊達、岩内などにも仕事が増えるにつけ、倶知安で宿泊する機会も多くなっていました。

 当初は倶知安町内や伊達市のビジネスホテルに泊まっていましたが、ある時見つけたのが、ニセコワイスホテル。

 倶知安市内からほど近い山の上のスキー場近くにあり、本来はリゾートホテルですが、築年数が古いためか、平日だとビジネスホテル価格で泊まれたのです。
 その頃には、出張日程も増えて一泊二日ではなく、二泊や三泊もあったので、古いながらも寝心地の良いベッドがある、リゾートホテルはありがたかったものです。

 お風呂が温泉なのも嬉しいところで、特に露天風呂の気持ち良さは、素晴らしいもので、しんどい出張の中でのささやかな楽しみでした。

 当時、出張では夜遅く着いて、朝早く出かけるためにゆっくりできないことから、温泉ホテルはあえて避けていましたが、ここだけは別で、何度も訪れました。

 面白かったのが、倶知安という土地柄、外国人の宿泊者も多かったこと。
 いつぞやはチェックイン待ちをしていると、先客は台湾人らしく、北京語を話しています。宿泊者用のラウンジがあって、そこはWi-Fiが使えたのでいつもパソコンを持ち込んで仕事をしていましたが、その時もラウンジにはカナダから来たらしいご夫妻が、英語で会話していました。
 で、無事仕事を終えていそいそと温泉へ行きますと。洗い場では隣の青年ふたりは、どうもマレー語らしき言語で会話しています。とどめに露天へいくと、そこには英語はもちろん仏伊スペイン語のいずれでもない、まったく理解不能の言語で話す二人組がいて、どこなんだここは、と。(笑)
 そんな異国感というか、異空間的雰囲気があったものでした。

 いつか週末にゆっくりのんびり泊まりに来たいなあ、と思いつつ、叶わないまま。

 先日、ふと気になって泊まりには行けないながらも、ネットの予約サイトを調べてみると。
 どこのサイトでも空き室情報が出ていません。おかしいなあ、と思って公式サイトを探してみますと。
 なんと、1年前に閉館しているのがわかりました。さらに中国資本に買い取られたため、建物そのものも、取り壊されてしまったようです。

 偶然にも、昨日テレビのニュースで、ホテルを買い取った中国資本が、新たなホテルを建設していると報道していました。

 外国人観光客によって、賑やかになってはいるようですが、物価や地代の高騰で、地元の方には良いことばかりではないという、報道もされていました。

 時が経ち、時代が変わって、いろいろなものが様変わりするのは世の常ですが、もうあの温泉に入ることはできないのかと思うと、ちょっと寂しい気もします。もしかすると、自分的にはですが、いちばん良い時に訪れることができたのかも知れません。

音楽の日

 なんでも本日、3月19日はミュージックの日だそうで。
 3.19にかけた語呂合わせで、日本音楽家ユニオンが制定したそうです。

 わりと音楽は好きな方で、と言っても、楽器演奏も歌も全くダメなので、聴く方専門ですが。
 特に車での移動の際は、ラジオを聴くことも多いのですが、気に入った番組がなかったり、聴きたい曲があると音楽をかけていますので、だいたい車内では何かしらの音楽が流れていることが多いですね。

 思えばその昔は「カセットテープ」の時代でありまして、長距離ドライブに行く時には、20巻とかが入る、カセットケースを積んでいったものです。
 それが90年代後半になり、CDがかなり普及して低価格になって来た頃、最初は「振動する車内でCDなんて」と思っていたのが、初めて聴いた車載用CDの音質に驚いたものです。
 そしてカセットケースがCDケースになったのもつかの間、MDが一瞬だけ登場して(笑、すぐにMP3が普及しました。
 これもCD-R1枚に、CDアルバム13~14枚が入ると言われて、最初はそんなの曲を探すのが大変じゃないかと思っていましたが、実際使ってみると、もうやめられません。

 かつてはパソコンにCDを取り込んで、ソフトでMP3に変換して、それをCD-Rに焼いて…なんてことをやっていたものです。

 その当時、音響機器メーカーに勤める友人と、次世代の車載用音源はなんだろうかと話し合ったことを憶えています。
 CD-Rの次はDVDか、はたまたハードディスクか、と言っていたのに、意外やシリコンプレーヤーが劇的に普及して、あっという間にiPodが市場を席巻しました。

 自分は今でもこれを使っていますが、これも既に過去の音源になってしまい、今ではスマホとナビをBluetoothで繋いで音楽を聴くのが当たり前になっていますね。

 つくづくこういう機器の進化はすごいなあと思う反面、音楽はスマホで聴くのが当たり前で、かつてのように、オーディオ機器に凝ってわくわくしながら聴いた時代が懐かしかったりもします。

 ビートルズが世界的にヒットした要因は、あの時代、音響機器の性能も飛躍的に上がったので、世界がいい音、いい音楽を求めたからだそうです。
 なのでスマホの音で満足してしまっている現代、今後音楽そのものの発展は望めないのでは、と言う寂しい意見もあるようです。

 まあ、そういう自分も、自宅で音楽を聴く際は、パソコンに取り込んだ音源をiPodに入れて聴いていることが多いのですが。

 でも、いつの時代も音楽は傍にあって、古い曲を聴くと、当時の風景が瞬時に蘇ります。
 そういう感動はなくならないのではないかなあ、と、思ってみたりもします。

復活!伝説のカレー


 十勝は上士幌町にある、人気のカレーやさん、あんだらやが、新たにナシラ舎として、復活しました。

 「改装のため当面休業」としてから、実に9年。
 それでも再開を待ち望む声は多く、話題にのぼるたびに「いつ再開するんですかね?」と聞かれ「こちらが知りたいのですが」と答えることも数知れず。

 当面は土日限定での営業だそうで、11時から18時までとなっていますが、カレーがなくなれば早期閉店もあるそうです。

 さっそく行ってみましたが、あのキーマカレーを始め、チキンカレーや揚げ卵カレーも復活です。

 ああ懐かしいなあ。(笑
 これを待ち望んでいた、常連客がどれほどいたことか。

 コーヒーももちろん美味しいのですが、今回は、スパイスチャイをいただきました。
 クリーミーかつ、スパイスの香りがとても良いですね。

 お店は以前に比べてかなり狭くなっており、テーブルが3つのみとなりました。そのため、大人数での来店の際には、事前連絡をしておく方が良さそうです。

 看板犬のたごっちも元気です。
 (カメラ嫌いなのでこっちを向いてくれませんが、かまわれるの大好きっ子です)

 ともあれ、週末に訪れたくなるお店が復活してくれたのは、嬉しい思いです。

白鳥の畑

 上士幌町の国道を走っていますと。

 なんか畑に白いものがちらほら。

 雪…なわけはないよなあ、と、車を停めて見てみると、白鳥の大群でした。まるでコロニー。

 見るからに、酪農家さんのデントコーン畑なのですが、食べるものなどあるのか、と思っていたら、聞いた話では、残ったデントコーンの根に付く、菌類を求めているのだとか。

 それにしても、集まっているのはここだけで、ちょっと北へ視線を向けると、まったくいません。

 なぜここにだけ集まるのか、どうやってその情報を共有しているのか謎ですが、野生の情報力、あなどれませんね。

 それにしても、もうすぐ北へ帰ると思いますが、これから何千㎞もの旅をしてなお、帰りたいほど、夏のシベリアっていいところなのでしょうか。
 まあたまに留鳥と言う、帰るのを諦めて残る個体もいますが。
 でもそんなにいいところならば、行ってみたいものですね。自力でなければ。(笑

 

春の足

 週末はまるで4月のような陽気で、夜間の峠越えさえしなければ、夏タイヤでも走れるのではなかろうかと、錯覚しそうな暖かさ。

 なのでこの機に乗じて、春からの足である、原付を覚醒させました。

 とは言っても、今年の夏で車齢28年になるご老体。
 まずは健康チェックをしてからでないと、重労働はさせられません。危なくて。

 というわけで、プラグ交換、エアクリーナーの清掃、各部の給脂と動作チェック。
 4ヶ月ぶりに目を覚ましました。

 あまりに暖かいので、近所を試走してみましたが、なかなかの調子です。

 もっとも、この後ブレーキのオーバーホールが控えています。
 既に部品を発注しましたので、時間を見て作業ですね。

 いずれにしても、小回りが利くのでこれからの時期、活躍するのです。

 …と思ったら、今朝はこの景色…。

 まあ、日中の暖気ですぐ融けましたが。
 そうです。いざという時(どんなときだ)すぐ出動できるようにしておくことが、大事なのです。(笑

8年

 あちこちでテレビの特番が組まれたり、各媒体で報道されているように、今日であの日から8年が経ちました。

 この8年が「もう」なのか「まだ」なのかは、人それぞれと思いますが、震災後に生まれたこどもたちが、物心つく年齢に達していることを考えると、今後はいかに風化させないかが鍵になってくると思います。

 盛岡生まれの自分にとって、宮古とその周辺は、最もなじみ深い海でした。
 幼い頃は、夏になると山田線や親の車で海水浴に行ったものです。

 震災直後の5月に、ほんの少しだけお手伝いに現地に入りましたが、そこにはかつて見慣れた海は、もうありませんでした。

 近くの港に、被災を免れた漁船は停泊していましたが、漁ができる状態ではありません。

 誰が置いたものか、ぬいぐるみが少しだけ心を癒やすものでした。

 そして1年3ヶ月後の盆に訪れてみると。
 運行が停止された線路は、植物に覆われ始めていました。

 けれども、海には牡蠣棚が復活しており、なによりほっとする風景でした。

 しかし、これが福島になると、その状況は異なります。
 これは、昨年末に双葉地区を通過した時のものです。

 一見、普通の国道に見えますが。

 両側の建物には未だバリケードが張られ、住民でさえも自由に入ることはできません。

 個人的には、震災直後から取り残されている、このオートバイが気になっていましたが。

 草に覆われ、それはまだそこにありました。
 未だに付けられたままのナンバープレートは、東京のものなので、走っている最中に震災に遭ったものか、ライダーは無事逃げおおせたのか、とても気になっています。

 そんなことから、個人的には「まだ」と感じる8年です。

フレーム交換

 先日壊れたメガネですが、無事修理完了しました。

 もちろん、瞬間接着剤はまったく役に立たずで。(笑

 当然のことながら、メガネ屋さんに駆け込んだわけですが、このメガネ、実のところ格安チェーンのメガネ屋さんで作ったものでした。
 これの前にかけていたものは、別の店で勧められるままに、様々オプションを入れ込んだら、とんでもない価格になってしまった反動で、逆に格安のにしてみたのです。

 そんなわけで、安いだけに買い換えを勧められるだろうという予想を裏切り、メガネ屋さんは「メーカーに在庫があれば、(レンズを留めている)フロントフレームだけの交換もできますよ。」とのこと。さらに、もし在庫がなければ、専門の修理業者に出して、フレームのろう付けをするとか。さらにそれもダメならば、チェーン店舗で在庫を探し、あればそこから部品取りをするとまで提案してくれ、結局ひと言も買い換えを勧めてきません。

 正直、この対応には驚きでした。こちらとしては、レンズはとりあえず合っているので、フレームだけ修理してもらえれば、もちろん万々歳です。
 で、一も二もなく、メガネを預けて来ましたが。一週間ほどかかる、という予定より少し早く、メガネの修理が完了しました。

 メーカーに無事在庫があり、いちばん安く済む、フロントフレームの交換で済んだそうです。

 弦とレンズはこれまでのものを使用しますが、フレームと、鼻押さえが新品になったので、ずいぶんときれいです。調整もしっかりしてもらったので、使い慣れたメガネはやはり見やすく、実に快適になりました。

 それにしても、格安チェーン店と言えどもあなどれません。単に買い換えを勧めるのではなく、ユーザーの立場に立った対応は、本当にありがたいものでした。