ゆべし

 とあるところでいただいた、くるみゆべし。

 実はわたしはこれが大好きでして。
 くるみが入っていることから、岩手の、ひいては盛岡の菓子だとずっと思い込んでいたのですが。
 どうやら実際は、全国に古くからあるものなのだそうです。

 ゆべしは漢字で書くと柚餅子。もともとは、柚の実をくりぬいてもち米などを味噌、醤油で味付けして詰め、蒸した後に干して作る、保存食のようなものだったとか。

 これが後に餅をベースとした和菓子となり、関東以北では、柚が入手しづらいために、くるみを入れるのが一般的になったそうです。

 岩手という地は、その昔から山深く、作物が採れづらいために、くるみが食材としてよく使われてきた歴史があるので、子供の頃から菓子や食品に、当然のようにくるみは入っているものでした。

 そんなわけでくるみ=岩手のもの、という単純な発想で、ずっと思い込んでいましたが、調べてみると、いろいろな発見があるものです。

天上の温泉

 突然の昔話ではありますが、会社員だった時代には、全道を走り回っていて、ことに倶知安方面での仕事もよくありました。

 最初は日帰りで行っていたものが、お客様が増え、泊まり出張になり、さらに倶知安だけではなく、洞爺湖、伊達、岩内などにも仕事が増えるにつけ、倶知安で宿泊する機会も多くなっていました。

 当初は倶知安町内や伊達市のビジネスホテルに泊まっていましたが、ある時見つけたのが、ニセコワイスホテル。

 倶知安市内からほど近い山の上のスキー場近くにあり、本来はリゾートホテルですが、築年数が古いためか、平日だとビジネスホテル価格で泊まれたのです。
 その頃には、出張日程も増えて一泊二日ではなく、二泊や三泊もあったので、古いながらも寝心地の良いベッドがある、リゾートホテルはありがたかったものです。

 お風呂が温泉なのも嬉しいところで、特に露天風呂の気持ち良さは、素晴らしいもので、しんどい出張の中でのささやかな楽しみでした。

 当時、出張では夜遅く着いて、朝早く出かけるためにゆっくりできないことから、温泉ホテルはあえて避けていましたが、ここだけは別で、何度も訪れました。

 面白かったのが、倶知安という土地柄、外国人の宿泊者も多かったこと。
 いつぞやはチェックイン待ちをしていると、先客は台湾人らしく、北京語を話しています。宿泊者用のラウンジがあって、そこはWi-Fiが使えたのでいつもパソコンを持ち込んで仕事をしていましたが、その時もラウンジにはカナダから来たらしいご夫妻が、英語で会話していました。
 で、無事仕事を終えていそいそと温泉へ行きますと。洗い場では隣の青年ふたりは、どうもマレー語らしき言語で会話しています。とどめに露天へいくと、そこには英語はもちろん仏伊スペイン語のいずれでもない、まったく理解不能の言語で話す二人組がいて、どこなんだここは、と。(笑)
 そんな異国感というか、異空間的雰囲気があったものでした。

 いつか週末にゆっくりのんびり泊まりに来たいなあ、と思いつつ、叶わないまま。

 先日、ふと気になって泊まりには行けないながらも、ネットの予約サイトを調べてみると。
 どこのサイトでも空き室情報が出ていません。おかしいなあ、と思って公式サイトを探してみますと。
 なんと、1年前に閉館しているのがわかりました。さらに中国資本に買い取られたため、建物そのものも、取り壊されてしまったようです。

 偶然にも、昨日テレビのニュースで、ホテルを買い取った中国資本が、新たなホテルを建設していると報道していました。

 外国人観光客によって、賑やかになってはいるようですが、物価や地代の高騰で、地元の方には良いことばかりではないという、報道もされていました。

 時が経ち、時代が変わって、いろいろなものが様変わりするのは世の常ですが、もうあの温泉に入ることはできないのかと思うと、ちょっと寂しい気もします。もしかすると、自分的にはですが、いちばん良い時に訪れることができたのかも知れません。

音楽の日

 なんでも本日、3月19日はミュージックの日だそうで。
 3.19にかけた語呂合わせで、日本音楽家ユニオンが制定したそうです。

 わりと音楽は好きな方で、と言っても、楽器演奏も歌も全くダメなので、聴く方専門ですが。
 特に車での移動の際は、ラジオを聴くことも多いのですが、気に入った番組がなかったり、聴きたい曲があると音楽をかけていますので、だいたい車内では何かしらの音楽が流れていることが多いですね。

 思えばその昔は「カセットテープ」の時代でありまして、長距離ドライブに行く時には、20巻とかが入る、カセットケースを積んでいったものです。
 それが90年代後半になり、CDがかなり普及して低価格になって来た頃、最初は「振動する車内でCDなんて」と思っていたのが、初めて聴いた車載用CDの音質に驚いたものです。
 そしてカセットケースがCDケースになったのもつかの間、MDが一瞬だけ登場して(笑、すぐにMP3が普及しました。
 これもCD-R1枚に、CDアルバム13~14枚が入ると言われて、最初はそんなの曲を探すのが大変じゃないかと思っていましたが、実際使ってみると、もうやめられません。

 かつてはパソコンにCDを取り込んで、ソフトでMP3に変換して、それをCD-Rに焼いて…なんてことをやっていたものです。

 その当時、音響機器メーカーに勤める友人と、次世代の車載用音源はなんだろうかと話し合ったことを憶えています。
 CD-Rの次はDVDか、はたまたハードディスクか、と言っていたのに、意外やシリコンプレーヤーが劇的に普及して、あっという間にiPodが市場を席巻しました。

 自分は今でもこれを使っていますが、これも既に過去の音源になってしまい、今ではスマホとナビをBluetoothで繋いで音楽を聴くのが当たり前になっていますね。

 つくづくこういう機器の進化はすごいなあと思う反面、音楽はスマホで聴くのが当たり前で、かつてのように、オーディオ機器に凝ってわくわくしながら聴いた時代が懐かしかったりもします。

 ビートルズが世界的にヒットした要因は、あの時代、音響機器の性能も飛躍的に上がったので、世界がいい音、いい音楽を求めたからだそうです。
 なのでスマホの音で満足してしまっている現代、今後音楽そのものの発展は望めないのでは、と言う寂しい意見もあるようです。

 まあ、そういう自分も、自宅で音楽を聴く際は、パソコンに取り込んだ音源をiPodに入れて聴いていることが多いのですが。

 でも、いつの時代も音楽は傍にあって、古い曲を聴くと、当時の風景が瞬時に蘇ります。
 そういう感動はなくならないのではないかなあ、と、思ってみたりもします。

春告雪

 週末は雪でした。

 と言っても、まだ3月なかばです。いくら十勝と言えども降ってもおかしくはないのです。
 昨年の3月前半は大雪が降っていますし。でも、今年に関しては、先日すっかり雪がなくなって春のイメージ満開だっただけに、なんだか納得いきません。(笑

 でもまあ、この時期雪が降るのは、気温と湿度が上がってきたからに他なりません。春へ向けての、通過儀礼のようなものです。

 とは言いつつ、これ以上は要らないのですが。

 土曜日は事務所前を少しだけ除雪しましたが、もちろん日中の気温はプラスでしたので、予想通り、かなりの勢いで融け、日曜にはほとんどが消えていきました。

 しかしながら、2月のマイナスふたケタになる厳冬期より、今時期の方がなんだか体感的には寒く感じる時があります。
 寒の戻りで体調を崩さないよう、みなさんもお気を付けください。

復活!伝説のカレー


 十勝は上士幌町にある、人気のカレーやさん、あんだらやが、新たにナシラ舎として、復活しました。

 「改装のため当面休業」としてから、実に9年。
 それでも再開を待ち望む声は多く、話題にのぼるたびに「いつ再開するんですかね?」と聞かれ「こちらが知りたいのですが」と答えることも数知れず。

 当面は土日限定での営業だそうで、11時から18時までとなっていますが、カレーがなくなれば早期閉店もあるそうです。

 さっそく行ってみましたが、あのキーマカレーを始め、チキンカレーや揚げ卵カレーも復活です。

 ああ懐かしいなあ。(笑
 これを待ち望んでいた、常連客がどれほどいたことか。

 コーヒーももちろん美味しいのですが、今回は、スパイスチャイをいただきました。
 クリーミーかつ、スパイスの香りがとても良いですね。

 お店は以前に比べてかなり狭くなっており、テーブルが3つのみとなりました。そのため、大人数での来店の際には、事前連絡をしておく方が良さそうです。

 看板犬のたごっちも元気です。
 (カメラ嫌いなのでこっちを向いてくれませんが、かまわれるの大好きっ子です)

 ともあれ、週末に訪れたくなるお店が復活してくれたのは、嬉しい思いです。

白鳥の畑

 上士幌町の国道を走っていますと。

 なんか畑に白いものがちらほら。

 雪…なわけはないよなあ、と、車を停めて見てみると、白鳥の大群でした。まるでコロニー。

 見るからに、酪農家さんのデントコーン畑なのですが、食べるものなどあるのか、と思っていたら、聞いた話では、残ったデントコーンの根に付く、菌類を求めているのだとか。

 それにしても、集まっているのはここだけで、ちょっと北へ視線を向けると、まったくいません。

 なぜここにだけ集まるのか、どうやってその情報を共有しているのか謎ですが、野生の情報力、あなどれませんね。

 それにしても、もうすぐ北へ帰ると思いますが、これから何千㎞もの旅をしてなお、帰りたいほど、夏のシベリアっていいところなのでしょうか。
 まあたまに留鳥と言う、帰るのを諦めて残る個体もいますが。
 でもそんなにいいところならば、行ってみたいものですね。自力でなければ。(笑

 

ピウカの春

 お昼までは晴天だった今日の芽室。

 そういえば、今年はまだ福寿草を見ていないなあ、と、近くのピウカ緑地を歩いてみました。

 昨年は4月始めでもまだ残雪があったのに、今年はもうこの状態です。

 しかし、昨年はあんなにたくさんあった福寿草が見当たりません。

 探してみると、少しだけ咲いているのが見つかりました。

 昨年と大違いですね。まだ3月なので早いのか。いや、もしかするともう雪のある時に、もう咲いてしまったのかも知れませんね。
 気付けば、フキノトウも見かけません。

 足下を見ると、エゾリスが食べたのでしょうか。空のクルミの実が。

 午後遅くからは、また雪が降ってしまいましたが、ピウカの春も間違いなく早そうです。

春の足

 週末はまるで4月のような陽気で、夜間の峠越えさえしなければ、夏タイヤでも走れるのではなかろうかと、錯覚しそうな暖かさ。

 なのでこの機に乗じて、春からの足である、原付を覚醒させました。

 とは言っても、今年の夏で車齢28年になるご老体。
 まずは健康チェックをしてからでないと、重労働はさせられません。危なくて。

 というわけで、プラグ交換、エアクリーナーの清掃、各部の給脂と動作チェック。
 4ヶ月ぶりに目を覚ましました。

 あまりに暖かいので、近所を試走してみましたが、なかなかの調子です。

 もっとも、この後ブレーキのオーバーホールが控えています。
 既に部品を発注しましたので、時間を見て作業ですね。

 いずれにしても、小回りが利くのでこれからの時期、活躍するのです。

 …と思ったら、今朝はこの景色…。

 まあ、日中の暖気ですぐ融けましたが。
 そうです。いざという時(どんなときだ)すぐ出動できるようにしておくことが、大事なのです。(笑

8年

 あちこちでテレビの特番が組まれたり、各媒体で報道されているように、今日であの日から8年が経ちました。

 この8年が「もう」なのか「まだ」なのかは、人それぞれと思いますが、震災後に生まれたこどもたちが、物心つく年齢に達していることを考えると、今後はいかに風化させないかが鍵になってくると思います。

 盛岡生まれの自分にとって、宮古とその周辺は、最もなじみ深い海でした。
 幼い頃は、夏になると山田線や親の車で海水浴に行ったものです。

 震災直後の5月に、ほんの少しだけお手伝いに現地に入りましたが、そこにはかつて見慣れた海は、もうありませんでした。

 近くの港に、被災を免れた漁船は停泊していましたが、漁ができる状態ではありません。

 誰が置いたものか、ぬいぐるみが少しだけ心を癒やすものでした。

 そして1年3ヶ月後の盆に訪れてみると。
 運行が停止された線路は、植物に覆われ始めていました。

 けれども、海には牡蠣棚が復活しており、なによりほっとする風景でした。

 しかし、これが福島になると、その状況は異なります。
 これは、昨年末に双葉地区を通過した時のものです。

 一見、普通の国道に見えますが。

 両側の建物には未だバリケードが張られ、住民でさえも自由に入ることはできません。

 個人的には、震災直後から取り残されている、このオートバイが気になっていましたが。

 草に覆われ、それはまだそこにありました。
 未だに付けられたままのナンバープレートは、東京のものなので、走っている最中に震災に遭ったものか、ライダーは無事逃げおおせたのか、とても気になっています。

 そんなことから、個人的には「まだ」と感じる8年です。

昭和のぬくもり

 先日、仕事でとある宿に泊まったのですが。

 しっかりした暖房はありましたが、それでも寒ければ、という心遣いでしょう。
 こんなものが部屋に備え付けてありました。

 オイルヒーターでもファンヒーターでもポータブルストーブでもなく、まごうかたなき「電気ストーブ」です。

 この懐かしいかたち、特にスイッチの形状などは昭和そのもので、たまりません。

 どうやら日立製のようでしたが、部屋はそこそこに暖かだったので、暖房としては使いませんでした。

 でも、実際点くのか(備えてあるのだから、点くだろうとは思ったものの)試しにコンセントを差して、スイッチを入れてみたり。

 もちろん、ちゃんと作動しましたが。そのぬくもりさえも、なんだか懐かしいかんじでしたね。