生粋ブログ-やさしい水商売-

にょきにょき

 今日は朝のうちこそ晴れていましたが、珍しく(?)天気予報通り、昼前から雪が降り始めて寒い一日で、また冬に戻ってしまいました。

 でも昨日は晴れて暖かな一日だったので、やはり三寒四温なのでしょう。

 さて先日、ピウカ緑地の福寿草が咲いてない、という話を書きましたが。

 昨日、散歩がてら歩いてみるとこんどは土手に群生していました。

 やっぱり3月だと早かったようです。

 そばには例年お馴染みのふきのとうも。

 よく見てみると、なにかわからないものが、にょきにょきと。
 すいません、植物には疎いんです。

 これなんか、もうまさに「にょきにょき」と音が聞こえてきそう。

 やっぱり春ですねえ。あたりにゲラ類のドラミングの音が響き渡っていました。
 ささやかながら、こんな自然の営みがある、ピウカ近辺っていいなあ。

アニマルパワー

 過日のことですが、ライヴを聴きに行って来ました。

 昨年11月にも聴きに行った、アニマルパワーブルースバンドのechosさんです。

 今回の会場は、帯広の居酒屋、彩乃さんで、こぢんまりとしたお店ゆえに、客席とステージはこの近さ。まさにかぶりつき。(笑
 演者用椅子の赤い座布団が、雰囲気を盛り立てます。

 リーダーで、ギターとヴォーカルの藤本さん。

 繊細なドラムは今回も佐藤裕一さん。

 そしてパワフルなベースは、ご存じ我らがTANK宮本さん。

 演奏しているみなさんも楽しそうで、暖かないいライヴでした。

 会場のMCで知った、驚きの動物王国浜中の閉鎖。そのため、藤本さんは故郷の北九州へ帰られるのだそうです。

 しかし、echosは絶賛全国ツアー中。北海道は終了し、現在は関西をツアー中ですが、北海道にもまた来てくださるそうです。

 ライヴスケジュールはこちら

 おまけ。
 ライヴの合間にドラムの佐藤さんが見せてくれた、UFOのような不思議な楽器。

 パーカッションの一種で、ハンドパンと言うそうです。ブラス製なので、スティールパンに似た、トロピカルな音色が魅力でした。

 そんな佐藤さん、あちこちのバンドから引っ張りだこな方で、ブルース以外にも様々なジャンルを演奏されています。
 これから道内各地で、様々なライヴに参加されるそうです。

 ライヴスケジュールはこちら

雲の切れ目

 まー昨夜は将軍様、あばれてくれました。(笑

 写真だけ見ると、真冬に戻ったかのようですが、日中はプラス気温でしたので、日が落ちる頃には、ほとんどが消えていきましたので、まさに三寒四温ですね。

 で、夕方、出先から事務所に戻る途中、ちょっと不思議な光景を見ました。

 西の日高山脈。ずっしりと雲をかぶっているのは、いつものこと。
 北を見ても。

 南を見ても。

 が。なぜかここだけぽっかりと雲が開いているのです。

 気付いた時は、道道を走行中で、ちょうど日が落ちていったので、もっとはっきりしていましたが、写真を撮れる場所まで移動する間に日が落ちてしまい、あんまり伝わらないかもしれませんね。

 方角的にはちょうど日勝峠のあたりですね。
 一面雲に覆われているのに、なぜここだけ吹き消したかのように、雲がないのか不思議です。

 多分に気流の関係で、いわゆる風の通り道になっているんではないかと思いますが、日勝峠もそこそこ標高があるので、なおさら風の通り道になるのかは謎ですね。
 写真を撮っている間も、南風が吹いていると見えて、雲が北側に流れ始めているのがわかりました。

 こんな不思議な自然の気まぐれを見つけると、なにかちょっと得した気分になるのは、単純だからでしょうね。(笑

最後のひとあばれ

 将軍様が北へお帰りになる前に、名残惜しいらしく最後のひとあばれをしています。(←進行形

 しなくていいのに。

 気が済んだと思いますので、これで最後にしてくださいね。
 もういいですから。いやほんと。(切実

モデル

 今日から新年度となりました。
 新しい元号「令和」も発表されましたが、そもそも紛らわしくて元号って、わたしはほとんど使っていないので、どうでもいいです。(笑

 さて、東北あたりでは時ならぬ積雪があったりしたようですが、幸い十勝は平和です。

 近所を流れるピウカ川沿いを散歩しておりますと、上流からなにか流れてきました。

 見ると、鴨のつがいです。
 こんな細い川なので、カラスはよく見かけますが、鴨は珍しい。

 注視している視線を感じたのか、鴨のつがいは、ちょうど目の前の対岸に二羽そろって上がり、ひなたぼっこ。

 そうまるで「撮りなさいよ」と言わんばかりのポーズ。(笑

 ならばとポケットに入れていたカメラで撮影すると。

 「OK?じゃあ行くから」
と、来た時と同じようにすいーっと流れていきました。

 このあたりの鴨、撮られ慣れしているんでしょうか。
 あ、モデル料は要求されませんでしたから、アマチュアだったんでしょうかね。

ユースホステル

 今回の札幌出張の宿は、実はユースホステルでした。

 昨今、札幌市内は宿泊費が高騰し、ビジネスホテルでもけっこうな金額になってしまっています。
 カプセルホテルなどは比較的安いところもありますが、大概はすすきのや駅近くに集中しているので、車で行くと駐車料金が馬鹿になりません。

 と、友人から「ユース(ユースホステルの略称)が安くてけっこうきれいだよ」と聞き、利用してみることにしたのです。

 かつて若い頃は、オートバイでのツーリングの際などに、ユースを利用することがありました。家族的な雰囲気のところが多く、相部屋になった同宿者達から様々な旅の情報が入ったりするのも楽しく、それでいて料金が安いのが、懐の寒い若者にはありがたいものでした。

 安い分、シーツを渡され、ベッドメーキングは自分で行い、食事後は食器洗いをするのが常でした。
 そのため、ユースに泊まった翌日に食堂で食事をすると、つい食器を自分で下げてしまい、店の人に慌てられたことも何度か。(笑

 しかしここ10年近くはすっかりご無沙汰で、昨今のユースは様変わりしているとは聞いていたものの。

 今回泊まったユースは、個室(相部屋もあり)で、ベッドメーキングもされており、ヘタなビジネスホテルより快適だったかも。ちなみに写真は見事に撮り忘れましたので、ありません。

 お風呂とトイレ、洗面台はもちろん共同ですが、お風呂もかなり広くて快適なのと、駐車場も完備で、余裕で車が停められたのも幸い。たまたまツインルームを専有だったとは言え、それほど広いわけではなく、ちいさなテーブルのみで、デスクはなかったので、仕事や勉強をするにはあまり向いていませんが、これはロビーに広いテーブルがあるので、そちらを使う前提でしょう。

 当然のことながら、かつてのユースの代名詞であった、夜のミーティング(宿泊者が一同に集まり、自己紹介と旅の情報交換をする場。ユースによっては、歌ったり踊ったりもありました)

 市街地に近いことから、インバウンドも多いのでは、という予想を裏切り、ほとんどが日本人。それもどうも自分と同じビジネス利用者が多かったようで、若い人は見かけませんでした。

 そもそもは、青少年が安全で安い旅をするために、はじまった施設ですが、その様変わりにはかつて青少年だったおぢさんは、時の流れを感じるばかりです。(笑

冬戻る

 昨日今日は、所用で札幌へ行っておりました。

 昨日の午前中も、道東道は十勝を越えて、占冠村辺りから天候がぐずりだし、穂別からはまるで真冬に戻ったかのような猛吹雪。
 千歳を過ぎて恵庭に入った辺りで、嘘のように吹雪が止みました。念のため、早めに出発したのが正解で、予定より早く札幌市内に入ることができました。

 それにしても、札幌市内もあちこちべしゃべしゃ雪が残り、道路もかなり濡れている、まさに春の風物詩状態。
 日が落ちると結構寒く、夕食を食べに歩いて行くつもりが、くじけて車で移動してしまいました。(笑

 で、今日は昼前に札幌を出てきたのですが。
 その時点で、ラジオの情報から事故で道東道が、追分から夕張まで通行止めになっているのは、知っていましたが。

 情報では、朝に事故があって通行止めとのこと。ならばもう事故処理も終わって、通行止め解除になっているのでは、という期待も虚しく、1620kHzのハイウェイラジオを聴いてみますと。
 「事故処理には相当の時間がかかります」
 だそうで、すごすごと追分で高速を降りる羽目になりました。

 まあでも悪いことばかりでもなく、ちょうど昼近くだったので、追分駅前へ出て、昼食を摂ることができました。高速に乗ったままですと食べるところがないので、十勝まで空きっ腹を抱える覚悟でした。

 で、夕張から再度高速に乗り直しますと。
 今度はなんと穂別から占冠までの区間が、別の事故で通行止めになってしまいました。(泣

 まあこればっかりは仕方のないところですので、すごすご降りて、国道をのんびり走りましたが。
 穂別の峠もそこここにシャーベット状の雪が残り、やっぱり帰りもそこそこの吹雪。

 この状態で無理をすれば、事故も起きようというものです。

 実のところ、できれば急いで帰りたい事情もあったのですが、ここで事故でもしたら元も子もありません。

 なので、腹をくくってのんびり走行に徹して帰ってきました。
 焦るとロクな事がないので、こういう時は努めてのんびりするようにしています。

 そして十勝に帰って来ると、空はこの状態。

 まあ、なんとか最終予定の5分前には帰着できたので、ぎり、結果オーライ、ですね。

さくらさくら

 本日は、「さくらの日」だそうです。

 しかしながら、いくら春が早い今年とは言え、北海道では桜の開花はまだまだですね。

 以前、友人が主催しているSNSで、居ながらにして花見を楽しもうという企画が持ち上がり、全国の参加者に呼びかけて、地元の桜の写真を投稿してもらう、というのをやっていました。沖縄から始まって本州を縦断し、最後は北海道の私の投稿で終わるのですが、その頃には本州のみなさんは飽きてしまい、あまりアクセスも伸びなくなったようです。(笑

 そうですよね、東京ではいま、桜の開花がニュースになっていますが、北海道は連休明け。本州の方々には忘れ去られた時期に咲くわけですから。


 つくづく日本は広いなあと、実感するひとときでしたが、インスタグラムなどが流行り始めた昨今は、投稿者が減って、何年か前にその企画は行われなくなりました。

 ところで。

 なんで本日3月27日が、さくらの日なのかと思ったら。
 日本さくらの会が制定したそうですが、その理由は東京で桜が咲き始めるから…ではなく、「3×9(さくら)=27日」だって。ダジャレかよ。(笑

あかるいナショナル

 某所で見かけた、「ザ・昭和」な古い扇風機。

 我々の世代には、この「ナショナル」マークが懐かしい。
 決して「パナソニック」ではないのです。「松下電器」なのです。(笑

 スイッチも、タッチパネルなどではなく、メカニカルなのがまたそそります。よく不具合なく動作しているものです。

 そうこれ、完動品で、まだ現役で使われているのです。

 昨今、古い扇風機は内部部品の劣化で、発煙や発火の危険性もあったりするようですが、まあここは人の多い施設でしたので、万一異常があれば、すぐに気づけることから大丈夫でしょう。

 現行品のデザインや性能も認めますが、なにかほっこりするかんじのまさに『扇風機』。これからも元気に活躍して欲しいものです。

アガーフィアの森

 その本を読んだのは、もうずいぶん昔の、25年以上も前のことですが、内容が衝撃的だっただけに、はっきりと憶えています。

 それは1980年代初頭に、ロシアの広大なダイガの森、周囲200Kmに渡って人類の手が入っていないはずの場所で、資源探査チームのヘリコプターが畑を発見し、尋ねたところ、そこに住んでいた人々と接触したことから始まります。

 1930年代に宗教弾圧から逃れて、他人との関わり合いを避け、森深くひっそりと暮らしていたルイコフ一家は、当初は6人家族でしたが、1960年代に母親が亡くなり、発見された時は父親とふたりの娘、息子ふたりの5人でした。中でも本編の主人公である、末娘のアガーフィアは生まれてこの方、家族以外の人間を見たことがありません。
 彼らは宗教上の理由で頑なに原始の暮らしを貫き、火は火打ち石で起こし、服は麻を栽培して紡ぐという、気の遠くなるような手間を掛けて作り、塩すらないままに森の木の実や畑でつくったジャガイモを主食として、50年以上も暮らしていました。

 このことが新聞に載ると、たちまちのうちにロシア中の話題となり、街の人間との接触も増えますが、なんといっても道すらない深い森の奥なので、歩いて行くしか彼らに会う手段はありません。

 それでもこの著者は、10年以上に渡ってなんどもこの一家を訪ね、支援の手を差し伸べます。最初は5人だった一家は、やがて息子ふたりと姉が相次いで病気で亡くなり、ついには父親も亡くなって、末娘のアガーフィアひとりが残ってしまいます。

 その頃にはアガーフィアは、強い好奇心から街へも出かけ、飛行機や列車に乗ったりと文明にも触れ、街に残っている親族も彼女を心配して、森を出るように何度も説得し、街での生活も試みますが、結局彼女は深い森での、たったひとりの暮らしを選びます。

 当時、確かアウトドア関係の友人がすごく面白かったと、その本を貸してくれ、興味深く一挙に読み終えた記憶があります。

 本は、1990年代半ばに、アガーフィアが森に帰ったところで終わっていたので、その本を友人に返した後も、時折アガーフィアのことを思い出すことがありました。

 その後のアガーフィアはどうしているのだろう。まだあのダイガの森深く、ひとりで暮らしているのだろうか…。と、ずっと気になっていました。

 先日も懐かしく思い出したことから、試しにネットで探してみると、新潮社から出ていた単行本は既に廃盤になっていましたが、古本はそれなりに出回っており、無事入手できました。

 20年以上ぶりに読んでみても、当時の驚きが蘇ります。

 アガーフィアが森に残った理由、それは、強い信仰心が最大の理由ですが、同時に、生きるすべてを自分ひとりで行えてしまう、深い知識と経験もあったようです。

 人間は、ひとりきりでも、こんな厳しい暮らしもできるのだ、という驚きと共に、しかし、一家を発見した資源探索チームをはじめ、様々な支援をする人々との触れ合いも重要だったことも事実です。発見以降ルイコフ一家は来訪者を積極的に受け入れ、「支援がなければ、わたしはとっくに死んでいたと思う」という趣旨の発言を、アガーフィア本人がしています。
 つまりは、人間ひとりでは生きられないのだ、ということも同時に言えるのです。

 それにしても、インターネット恐るべし。
 本の読了後にさらに検索してみると、なんと多数の動画があることがわかりました。そのため、本が出版された1995年より、ネットによって現代の方がルイコフ一家は有名になっているようです。

 さらに驚きだったのは、アガーフィアは2018年現在、まだ存命で、あのタイガの森で変わらずひとりで暮らしているそうです。1944年生まれのアガーフィアは今年75歳。
 しかも、2016年にはイギリスで、ルイコフ一家のことが映画化されているとか。

 元気で、むしろ若々しいアガーフィアの姿に、ほっとすると同時に、ネットの時代のすごさも実感したのでありました。