アガーフィアの森

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 その本を読んだのは、もうずいぶん昔の、25年以上も前のことですが、内容が衝撃的だっただけに、はっきりと憶えています。

 それは1980年代初頭に、ロシアの広大なダイガの森、周囲200Kmに渡って人類の手が入っていないはずの場所で、資源探査チームのヘリコプターが畑を発見し、尋ねたところ、そこに住んでいた人々と接触したことから始まります。

 1930年代に宗教弾圧から逃れて、他人との関わり合いを避け、森深くひっそりと暮らしていたルイコフ一家は、当初は6人家族でしたが、1960年代に母親が亡くなり、発見された時は父親とふたりの娘、息子ふたりの5人でした。中でも本編の主人公である、末娘のアガーフィアは生まれてこの方、家族以外の人間を見たことがありません。
 彼らは宗教上の理由で頑なに原始の暮らしを貫き、火は火打ち石で起こし、服は麻を栽培して紡ぐという、気の遠くなるような手間を掛けて作り、塩すらないままに森の木の実や畑でつくったジャガイモを主食として、50年以上も暮らしていました。

 このことが新聞に載ると、たちまちのうちにロシア中の話題となり、街の人間との接触も増えますが、なんといっても道すらない深い森の奥なので、歩いて行くしか彼らに会う手段はありません。

 それでもこの著者は、10年以上に渡ってなんどもこの一家を訪ね、支援の手を差し伸べます。最初は5人だった一家は、やがて息子ふたりと姉が相次いで病気で亡くなり、ついには父親も亡くなって、末娘のアガーフィアひとりが残ってしまいます。

 その頃にはアガーフィアは、強い好奇心から街へも出かけ、飛行機や列車に乗ったりと文明にも触れ、街に残っている親族も彼女を心配して、森を出るように何度も説得し、街での生活も試みますが、結局彼女は深い森での、たったひとりの暮らしを選びます。

 当時、確かアウトドア関係の友人がすごく面白かったと、その本を貸してくれ、興味深く一挙に読み終えた記憶があります。

 本は、1990年代半ばに、アガーフィアが森に帰ったところで終わっていたので、その本を友人に返した後も、時折アガーフィアのことを思い出すことがありました。

 その後のアガーフィアはどうしているのだろう。まだあのダイガの森深く、ひとりで暮らしているのだろうか…。と、ずっと気になっていました。

 先日も懐かしく思い出したことから、試しにネットで探してみると、新潮社から出ていた単行本は既に廃盤になっていましたが、古本はそれなりに出回っており、無事入手できました。

 20年以上ぶりに読んでみても、当時の驚きが蘇ります。

 アガーフィアが森に残った理由、それは、強い信仰心が最大の理由ですが、同時に、生きるすべてを自分ひとりで行えてしまう、深い知識と経験もあったようです。

 人間は、ひとりきりでも、こんな厳しい暮らしもできるのだ、という驚きと共に、しかし、一家を発見した資源探索チームをはじめ、様々な支援をする人々との触れ合いも重要だったことも事実です。発見以降ルイコフ一家は来訪者を積極的に受け入れ、「支援がなければ、わたしはとっくに死んでいたと思う」という趣旨の発言を、アガーフィア本人がしています。
 つまりは、人間ひとりでは生きられないのだ、ということも同時に言えるのです。

 それにしても、インターネット恐るべし。
 本の読了後にさらに検索してみると、なんと多数の動画があることがわかりました。そのため、本が出版された1995年より、ネットによって現代の方がルイコフ一家は有名になっているようです。

 さらに驚きだったのは、アガーフィアは2018年現在、まだ存命で、あのタイガの森で変わらずひとりで暮らしているそうです。1944年生まれのアガーフィアは今年75歳。
 しかも、2016年にはイギリスで、ルイコフ一家のことが映画化されているとか。

 元気で、むしろ若々しいアガーフィアの姿に、ほっとすると同時に、ネットの時代のすごさも実感したのでありました。

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