恐怖の羽音

 昨日蜂の話を書いたことで、思い出したのですが、先月のことです。

 十勝のとある現場で、仕事中のことでした。

 人家から遠い樹林帯の中だったのですが、ちょっと生理現象を催してしまい、林の中に入って用を足すことにしました。(尾籠な話ですいません)

 用を足し始めた、その数秒後です。「ブゥーーーンッ」という不気味な重低音が辺りに響きました。
 瞬間、全身に緊張が走ります。間違ようのないこの音は、奴です。

 即座に身体を硬直させ、眼球だけを動かして確認してみると、いました。

 そうです。オオスズメバチです。

 飛んでいる時のオオスズメバチは大きく見える、とは言うものの、優に2㎝を越える、巨大な個体が腰の辺りを飛んでいました。

 これはまずい、と用足しを中止し、そおっとファスナーを上げて身体を動かさないようにしました。

 二酸化炭素もなるべく出さない方がいいのかなあと、呼吸すらも止めてじいっとしていたのですが、奴は腰から胸、頭、とぐるぐる周りながらゆっくり飛び回っています。

 恐らくは近くに巣があるエリアに、知らずに足を踏み入れてしまったのでしょう。明らかに警戒している状態です。

 頭の上まで来たら、今度はスキャニングするかのように、今度は下へ下がって行きます。
 ここで動いたら攻撃されるのは目に見えているので、逃げたい気持ちをぐっと抑え、持久戦に持ち込みます。とにかく動いたら負けです。

 しかし奴もしつこく、止めた呼吸が苦しくなってきたくらいなので、1分以上警戒を解いていません。
 足下まで下がった隙に、素早くひと呼吸して、再度息を止めます。

 いいかげんにしろよなー、と、思い始めた頃、やっと羽音が離れていきました。

 いやあ、長かったですね。
 熊にも遭遇したことがありますが、恐怖心はその時の比ではありません。
 なにしろ距離感が半端なく近く、動いたら攻撃してくるし、その毒が強烈なのですから。

 近くに止めていた車には、救急キットは積んでありましたが、この時はアナフィラキシーショック用のエピペンは積んでおらず、周りに人もいなかったので、刺されていたらどうなっていたやら。

 間違いなくここ何年かで、怖かったこと第一位でした。